オックスフォード・移民研究修士課程での一年を終えて

はじめに

3学期の学習 

4月末に始まった3学期には、 実質的なティーチングがほとんどなく、最初に試験を3回受けてから、ひたすら修士論文の執筆に追われることとなった。

まず、テストに関しては、4月末から5月初旬にかけて、社会調査法・選択科目・コア科目に関してそれぞれ一つ受験した。社会調査法は質的・量的調査法に関して、3,000字のレポートを1本ずつ書いて提出するというものだった。質的調査法のレポートではリサーチ・プロポーザルを書き、量的調査法では移民に関する論文で計量的手法を用いているものを自分で選び、①論文の要約、②手法の批判、③さらに良い分析手法の提案をする必要があった。2学期の振り返り記事にも書いたとおり、このコースでは調査法のトレーニングが弱いため、火を起こすのに木の棒切れしか手元にないくらい、覚束ない感覚で課題に取り組むことになった。質的調査法はある程度の予備知識があったので乗り切れたが、量的調査法は非常に厳しかった。選択科目・コア科目の試験は共通の形式を採用していて、48時間以内に1,500字のエッセイを3本書くというものだった。試験が始まると15個程度の問いが載った文書が大学のポータルサイトに掲載されるので、そこから選んで回答するという形式である。この形式はコロナの影響で新しく生まれたもので、例年だと試験会場に出向いて3時間で3,000字の回答を手書きで作成しないといけないらしい。私は英語を書くのが遅いので、いずれの試験にも夜を徹して取り組むことになった。

試験が終わってからは、すぐに修士論文の作成に取り掛かった。オックスフォードの1年修士はスケジュールがまちまちで、社会学のコースなどは8月末に修論を提出することになっているが、私のコースは6月末に提出しなければならず、時間の余裕がほとんど存在しない。私は学部の頃に1年間住み込んだ芝園団地をテーマにしていたので、お世話になった日本人住民の方々10名にインタビューした。ただし、団地の日本人住民は基本的に60歳を超えているので、大学のコロナ対応を遵守する形でオンライン・インタビューをするための準備が難しかった。最終的には、日本人住民の方々には団地自治会の事務室にお越しいただいて、自治会役員の方に起動していただいたパソコンの前で、私と遠隔でお話しいただくことになった。インタビューの実現に際して、様々な方からご支援をいただけたことは、いくら感謝してもしきれない。

インタビューが5月中旬に終了してから修論を執筆したのだが、思いがけないことに指導教員とのコミュニケーションに問題が生じ、私は多大なストレスに晒されることになった。各章のドラフトが完成するたびに送ってほしいと言われたので素直に従っていたのだが、多忙を理由に一向にフィードバックが帰ってこなかったため、締切を2週間延長せざるをえなかった。結局最初にミーティングができたのは延長した期限の6日前で、修論の構成を完全に変えるようにと言われたので、そこからは毎日寝ずに修正することになった。締切の前日に再び原稿が完成したので指導教員に送ったところ、フィードバックとともに「ダメダメだけど仕方ないね。来年の準備に時間を使いすぎたもんね。」という趣旨のメールが届き、私はすっかり憤慨してしまった。翌日、締切の3時間前に再び1週間締切の延長を申請するように指示されたため従い、そこから再びほとんど休まずに作業をした結果、自分としては納得できる修論が完成した。ロンドンから東京に向かう飛行機でもWi-Fiに課金して執筆し、最終的に修論を提出できたのは、羽田空港で抗原検査の結果を待っている時だった。結果としてイギリスを観光する時間もほとんどなくなったのが非常に残念である。

最後の一ヶ月をイギリスで過ごす

1学期の終わりから3学期に修論のインタビューが終わるまで日本にいたのだが、最後はオックスフォードで知り合った人々の顔を見たいと思い、5月末にイギリスに渡航した。昨年末以来、イギリスでコロナが爆発的流行を見せたことにより、少なからぬ留学生のコースメイトが帰国もしくは自国からオンラインでの学習を継続していたものの、すでに2学期の春休みには私を除いてオックスフォードに揃っていた。6月上旬に隔離を終えて街に出た時、オックスフォードはすでに平時のような賑わいを見せており、街中でマスクをしている人を見かけることもほとんどなかった。

当たり前のことだが、日本からオンラインで学習するのに比べて、現地にいた方がオックスフォードの学生になった実感が湧く。嬉しいことはたくさんあった。コースメイトがほぼ全員揃って、川沿いの高級レストランでディナーをしたこと(画像1)。ずっとオンラインでしか話したことのなかったコースメイトと、二人でカフェのテラス席で語り合ったこと。コース・ディレクターと二人でテーブルを囲み、研究のことから将来のことまで、コーヒーを飲みながら様々な話に付き合ってもらったこと。美しい図書館で閉館時間まで勉強したこと(画像2, 3)。嬉しいことがあるたびに、オックスフォードで過ごす時間の豊かさと、コロナで失われたものの大きさへの思いが交互に胸を去来した。残念だったのは、カレッジで予定されていたフォーマル・ディナーがキャンセルになってしまったことである。カレッジの食堂で皆が正装してディナーに臨むという行事で、オックスフォードを象徴する存在なのだが、好き嫌いは別としても、一度も体験できずに修士課程を終えてしまったのはもったいない。

画像1. Churchwell Boathouseというレストランにて。

画像2. オックスフォードの観光名所・Radcliff Camera(図書館)の上階部分。パノプティコンのような造りをしている。18世紀中頃に完成した。

画像3. ハリー・ポッターのロケにも使われたDuke Humfrey’s Liberary。16世紀末〜17世紀初頭に現在の形になったらしい。

この1年間を振り返ると、夢のようだったという凡庸な感想が浮かんでくる。そのことを最も実感したのは、6月下旬からコースメイトが次々にオックスフォードを離れていく時だった。出身地が異なれば、ライフステージも異なり、将来の希望すら異なる人々が、このコースで1年間を共有していたという事実が、友人を見送る度に奇跡のように思われてならなかった(画像4)。同時に、この1年間は悪夢でもあった。慣れない英語での議論で、皆が何を話しているか分からずに悔し涙を流したことは何度もあった。オンラインで授業に参加している間の孤独は、もう二度と味わいたくない。こうした対照的な経験が弁証法的に絡み合って、留学は私の中で忘れがたい記憶になるのだろう。

画像4. コースメイトのロシア人・サーシャ。高校生の頃にカナダに移住し、経済学の修士号を取ってからオックスフォードに来た。国連・開発銀行でコンサルタントとして働いていた経験がある。私が小さいのではなく、彼が大きい。

今後の展望

オックスフォードの卒業後に何をするかは、まだ確定していない。現在、最終的な通知は受け取っていないものの中国政府奨学金に内定しており、上海・復旦大学の中国社会・公共政策修士課程から仮合格を貰っているため、恐らく今秋から2個目の修士課程を始めることは可能である。中国移民の研究を続けたいので、英語のコースに入学して中国語のトレーニングを重ねつつ、中国社会の理解を深めながら移民研究を続けたいと考えている。しかし、中国は現時点で韓国人を除いて留学生の渡航制限を継続しているので、入学したところで再びオンラインの学習になるだろう。さらに、中国政府奨学金の規定で、中国に滞在する学生にしか生活費を支給しないことになっているので、私はしばらく無収入になってしまいかねない。上述の問題を避けるため、入学を半年延期しようかと考えている。その間に修論をブラッシュ・アップして学術雑誌への投稿を目指し、可能であれば国際機関等で移民に関連する実務に取り組み、今後の研究の展望を切り開きたいと考えている。ちなみに、コースメイトの半数以上は卒業後の進路を特に決めないまま卒業しており、この適当な、あるいは自由な感覚が、私に息をつく余裕を与えてくれている気がする。その理由はジョブ・マーケットとは関係がなく、コースがあまりに忙しいので在学中に就職活動をするのが難しいからであり、同時に必ずしも全ての学生が卒業してすぐに就職するわけではないからである。

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