40代で留学(前編)

(※この記事は、2021年、留学前に書いたnoteを編集したものです。ベースとなる内容は同じですが、留学から帰っていきた今の実感を加筆します)

ブログの前回にも書いた通り、私は41歳の時留学しました。

日本ではこの年代で留学する人は、すでに学者・研究者として実績がある方が研究員として海外の研究機関に在籍する(これは留学とは言わない?)とか、企業にお勤めの方であればExcective MBAなど管理職候補の方のためのコースに留学するなどでしょうか?

とにかく留学関連の情報交換のためSNS(日本語)などで留学仲間とやりとりしていても、40代の人は皆無です。なぜなんでしょう?人生100年時代とかリスキリングと言われるように、何歳になっても学び続けなければいけない時代に突入して久しい今日ですが、留学という学びの形態には相応しい年代はあるのでしょうか?

「40代で留学」は、ライフプランニングの観点から40代の留学について考える前半と、私が留学にたどり着くまでの長い道のりについてだらだら書く後半の、2本だてでお届けしたいと思います。長い身の上話になりますが、お付き合いいただけたら幸いです。

40代ってどんな年代?

いきなり「40代の留学」について自論を展開する前に、40代ってどんな年代なのか、ライフプランニングの観点から書いてみたいと思います。
個人的には、人生の過ごし方なんて個人の自由だし、一般化できることでもないと思っているのですが、そうは言っても社会(主に日本の)の中で生きている以上、自分が年齢にふさわしい行動をとることが周囲から望まれる場面は数限りなくある訳で、それを無視していたのでは、社会の中で生きづらくなるだけです。その辺をうまく折り合いつけながら生きていく上ででも、自分の認識はおいといて、世間の見方を頭の片隅においておくことは大事だと思います。

①40歳で係長、45歳で課長、50歳で部長

野村証券が運営するメディア「EL BORDER」の連載「80年代生まれのリアル」では、一般財団法人 労務行政研究所の調査から導き出された興味深いデータを公開しています。

https://www.nomura.co.jp/el_borde/real80s/0009_1/

リンク:Nomura “EL BORDE” 2017.12.14 「30代で“課長”は早い?遅い?80年代生まれの昇進実態に迫る!【前編】 ※2009年の調査結果と少し古いです。

これによると、日本企業では係長就任の平均年齢は39.6歳、課長は45.1歳、部長は50.7歳と、40代の10年間をかけて管理職としてのキャリアを積んでいくのが平均的な40代の過ごし方のようです。


女性の管理職の少なさで国際的にも有名な日本ですので、この数字の中にどれだけ女性が含まれているかはあまり期待できませんが。。企業にお勤めの場合、管理職としてのキャリアがスタートする40代は、企業の経営に対する責任が増し、留学に限らず個人的な理由で職場を一時的に離れるのは容易ではないことが伺えます。管理職の転職も増えてきているので、転職期間中に留学や学位取得をはかる、というのもアリなのではないかと転職素人的には思ってしまいますが、あまりそういうケースを見聞きしたことはありません。単に管理職の方に縁遠いだけかもしれませんが、、。

私の職業はアートマネージャーで、特にキャリアの初期は舞台芸術業界で国際事業専門に仕事をしていました。いわゆる舞台公演のツアーマネージャーをしていましたが、出来上がった作品をツアーに回すだけでなく、国際共同制作(他国の作り手の間でお金を出し合って新作を制作すること)を手がける機会も多くありました。同業者は公立の劇場やホール、財団などで有期雇用で働く人、民間の制作会社で働く人、そして一番多かったのはフリーランスで、30代に入ると起業する人も出てくる職種です。

そんな中で、私は25歳から35歳まで都内の民間の劇場でアルバイトしていました。これは他に本業があって副業として劇場でアルバイトしているのではなく、フルタイムです。正規雇用者はほとんどおらず同僚もほぼ全員アルバイトでした。アルバイトだから責任がないという仕事では全くなく、「社員さん」はおらず社長とアルバイト職員のみの環境だったので、アートマネージャーとして責任を持って働き、専門的なスキルを身につける機会はありました。

ただ、外部に対して「プロデューサー」と紹介される機会が多い割に、実際には事業企画に関わる機会はなく、このままだとアートマネージャーというか、プロデューサーのやりたいことの実現する立場として成長していくだけだと実感し、そのことを自分が望んでいるのかどうか悶々とするようになり、キャリアの方向転換を考えるようになりました。

諸般の事情(次回ブログで書きます)により、その時点から留学が実現するまで6年かかってしまったので、その間に私の働き方も変わり、40代に入った留学直前の時期は、世間の40代の就労イメージとは大きく違い、仕事で責任を追っていないどころか、育休中でほとんど仕事をしていない状態でした(その頃はフリーランスだったので、育休は自主的なもので、復職する先も特にありませんでした)

②40歳〜年収516万円、45歳〜年収539万円

国税庁が、同一の企業に1年以上継続勤務している人の年収を調査しています。

https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan1998/menu/03.htm

(リンク 国税庁 II 1年を通じて勤務した給与所得者 )

年齢別に見ると、40歳〜44歳の平均年収は516万円、45歳〜49歳では539万円となっています。これは50歳〜54歳で566万円とピークに達し、その後下降していきます。

男性だけの平均を見てとると、40代に入ってからは常に男女合同の平均よりも100万円以上高く、逆に女性の平均は30代で306万円に達して以降、緩やかに下降していきます。
40代に入ると、男性はそれまでよりもさらに稼げるようになって最高年収に近づいていき、逆に女性はピークをすぎてだんだん年収が減っていくのが平均的な状況のようです。男性の場合はこれまで以上に稼げる時期に、仕事を手放して留学するということは本意ではない人が多いでしょうし、女性の場合はだんだんと稼ぎが減っていく中で、留学はそれまで以上の大きな投資になると言わざるを得ない状況です。

「そもそも女性の平均年収が低いのは、相当数非正規雇用が含まれるからで、正社員の女性だけの年収の平均はもっと高い」というご指摘を受けたことがあります。かくいう私も仕事柄、社会人になってからほぼ全ての時間を非正規雇用と個人事業主という就労形態で過ごしてきました。

私の業界では多くの従事者が非正規雇用や業務委託契約で働いているので、業界を変えないと他の業界の正社員並みに稼ぐ道はなかなか開けません。しかし、だからと言って非正規労働者が学び直しを通じて労働市場での価値を上げる必要がないわけでは全くないし、私に関して言えば雇用が生み出せない自分の業界をなんとかしなければという思いもあるし、何よりも長く続けてきた仕事で獲得した専門性を手放してゼロから再スタートを切るほど労働者として残された時間は多くはない、というのが私の「40代で留学」観です。

30代半ばで留学準備を具体的に始めた際には業界を転じられるようにMBAを目指したりした方が良いのかだいぶ悩みましたが、結局自分の今いる業界で専門性をさらに磨いていくことを選びました。MBA留学できるほどお金を持っていなかった、というのも選択の理由の一つです。

③40歳で子供は10歳くらいが平均

40代になると女性のライフスタイルは、多様化していきます。その要因の一つとして子供ありなしも関係していると思いますが、私は子供がいるので、子供がいる40代の女性が留学することについて書きたいと思います。

厚生労働省の少子化社会対策白書(平成4年版)によると、2020年時点での女性の第一子出産年齢の平均は30.7歳だそうです。なので日本社会の平均としては女性が40歳になった時点で第1子は10歳、40代は10代の子育て中ということになります。

https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2022/r04pdfhonpen/pdf/s1-3.pdf

リンク:令和4年版 少子化社会対策白書 全体版(PDF版)

今私と同じ42歳の女性は第1子が平均して12歳ということになります。日本で暮らし、日本の自治体が設置した学校に通っているなら、これから高校受験、場合によっては中学受験準備など教育費が掛かってきている時期と言えます。教育費だけでなく、住宅購入費などの大きな出費が見込まれる時期でもあるでしょう。

私の場合は、子供はまだ2歳と、同年代の女性の平均より10歳近く幼いので、教育費に対する漠然とした不安はありますが、むしろこれから稼いでなんとかしなきゃ、と思っているところです。

日本において、それまでの職歴がほぼ非正規の女性が40代以降に会社に入って地位や収入を上げていこうとしても、無理がある

正直なところ、日本において女性の私が40代以降に会社に入って地位や収入を上げていこうとしても、無理があるなあと30代の半ばに差し掛かった頃からぼんやりと思っていました。


舞台芸術は、業界としてもそもそも民間企業の数が少なく、少なからぬ雇用の主体が公的機関や民間でも中小企業だったりするので、組織においては年齢を増すとともに相応のポストはだんだんと限られるようになり、正規・非正規にかかわらず一般的な企業でいうところの課長レベルまで行ける人はとても限られています。そもそも仕事の受注者がフリーランスで、業務委託契約等で仕事が行われるケースもとても多いので、組織で働くことを前提にしていない人も多くいます。

私も30代後半で業界関連の公的機関に有期の契約社員として勤務した際、その先に昇進も昇給もなく、ただ期限がきたら退職して同じようなポストを探して他の機関をぐるぐると回りながら歳を重ねていくのかと思うと、やるせなさを感じたことを覚えています。

海外の同業者と接して感じたこと

一方で、仕事柄海外の同業者と接する機会も多いのですが、少なからぬ人が民間・公的機関を行き来しながら数年ごとに新しいポストに転職して昇進・昇給したり、起業したり、あるいはフリーランスでも上手に組織と関係を結びながら存在感を増していっています。そして、そのステップの一つとして学びの期間を取り入れている人が少なくないので、目が開かれる思いでした。

私が留学した大学院のプログラムでも、同様のことが言えるので、同級生の年齢構成をご紹介します。全部で9名のうち、以下のような内訳でした。ちなみにこの中で留学生ではなく元々イギリス在住だった人は3人のみ(30代1名、20代後半2名)です。

50代:1名

40代:2名

30代:1名

20代後半(職歴あり):3名

20代前半(新卒):2名

流石に40代以上は多くはありませんが、自分より年上の人がいるとは想像していなかったので、驚きました(ただし50代の人は休職、40代の私じゃない方の人と30代の人は仕事の傍で勉強しているタフな人だったので、40代で離職して留学してきている人は私だけでした)。

20代、30代でキャリアを中断して、1年を勉強に費やし、専門性を高めたり、キャリアの転向を測ろうとしている人は多くいます。日本にいるとなかなか意識できませんが、世界で柔軟にキャリアアップやキャリアチェンジを果たしていく同業者をみているうちに、フィールドを日本に求めなければ、私でも、今からでも、無理ではないのではないか、という思い(こみ)を抱くようになったのでした。

端的には、30代半ばのある日、研修でご一緒した外国の同業者が何人か、文化関係の国際機関の有期の専門職ポストに採用されたのをみて、私もそれを目指したいと思うようになり、ただ、何は無くとも修士号以上が応募の条件だったので、大学院へ行こうと明確に考えるようになりました。

また、これからも実務者として経験値だけを頼りに現場に居続け、同じ仕事をこなしていくだけの将来ではなく、自分の仕事が社会に与える影響を科学的に追求したり、自分が仕事を通して関わっているものの価値を客観的に人々に伝えられるようなスキルを身につけることも、この先も同じ業界で仕事をしていくのならば、必要になると思いました。

なおかつ、これから国際的に人脈を作ってたり仕事を得ていこうとするなら、日本の大学院より海外の同業者が多く出ている大学院に行きたいし、日本で2年かかる修士号を1年で取れるならイギリスに行きたいと思うようになったのでした。

自分が40代で留学するいいわけを説明するのに、ここまでやる必要あったのかな?と少し疑問に思い始めてきたので、今日はこの辺で失礼します。次回は「40代で留学(後編)」として、私が留学にたどり着くまでの長い道のりについてだらだら書きます。読んでくださってありがとうございました。

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