サセックス大学MA Migration Studiesの1年を振り返る③夏学期・修士論文

みのりと申します。2021年9月まで英国サセックス大学MA Migration Studiesに在学していました。

「サセックス大学MA Migration Studiesの1年を振り返る」シリーズ、第三弾となる今回は、夏学期をかけて取り組んだ修士論文を振り返ろうと思います。

第一弾と第二弾はこちら↓

①修士論文に向かう姿勢

具体的なスケジュールについて話す前に、まず私が修士論文を書く前いかに肩肘張ってたかをお伝えできればと思います。

2020年秋にドキドキしながらイギリスに来た頃は、修士論文で素晴らしいものを書いてやろうとか、オンラインインタビューをバンバンやって、私にしか取れない一次データを豊富に使った唯一無二の作品を作ろうとか、果てはどこかのジャーナルに投稿したいとか、野心に溢れていました。同時に、私より優秀な人なんていくらでもいるから、少なくとも自分で納得できるものを書こう、と息巻いていました。

それらの野心のおかげで頑張れた節も大いにありますが、同時に現実とのギャップに心底悩まされることにもなります。

なぜなら、「自分の納得する論文」とは、「周りが称賛する論文」だったからです。

周りに認められて初めてほっとする、という体験を誰もが一度はしたことがあると思います。自分のしたことに自信が持てなくて、評価を他人に委ね、その評価が高いと初めて満足するのです。

2020年秋の私は、まさにそんな状態でした。

ところが、お察しのとおり、そんな論文は書けませんでした。

秋学期・春学期と怒涛のコースワークの中で、周囲との差や、理想と現実のギャップに気づき始めます。井の中の蛙を自覚した時の焦燥感を通り越した絶望たるや、思い出しても寒気がします。

言葉の壁ももちろんありますが、シャワーのように降り注ぐ情報と目の前の大量の先行研究に、途中で脳がショートしてしまったのだと思います。

「周りが称賛する論文」なんてどうでも良くなりました。とりあえず提出して合格できればいい。そんな投げやりな気持ちで春学期の後半に差し掛かりました。

6月のある日、指導教員との1対1のセッションがありました。そこで事前に提出していた論文の骨子を説明します。

すると、先生はゆっくりとこう言いました。

Minori, the purpose of writing dissertation is to show the trajectory of your study. It’s not to publish astonishing data or thoughts. 

(大体こんな感じ)

根本的なことに気付かされた様な気がしました。表現が難しいですが、修士論文も含め、論文とは研究と研究、または研究と現実のギャップを見つけてそれを埋め、世間に発信するものだと思っていました。

しかし先生によれば、修論とは学びの軌跡を書き記すものだというのです。

ああそうか、と心が落ち着いたのを覚えています。前のピクチャーウィンドウからキャンパスの黄色い花畑が見える、図書館の個別ブースでのことでした。

春のキャンパスは大小とりどりの花が咲いて綺麗です。

その後の自分なりの解釈やフラットメイトとの議論も加え、最終的に修士論文への向き合い方はこんな感じになりました。

修士論文は修士課程の1年間の集大成。

修士論文を書くことで、この1年間での学び、ひいては大学院以前からの探究に、一つのマイルストーンを置くのだと私は思っています。

したがって周りに比べてクオリティが低いとか、そういった比較にあまり意味はないことに気づきました。これまでの学びと考察を10000wordsに詰め込もう、と心が軽くなりました。

スケジュール

主観たっぷりに書いた前節とは対照的に、本節はテクニカルな話になります。

私の所属していたコースでは、修士論文執筆に割ける時間は単純計算で6月から8月いっぱいまでの3ヶ月でした。5月までは各学期のプレゼンやらタームペーパーやら就活やら(ここ大事!!!!!)に追われ、修論どころではありません。

2月に修論で扱いたいテーマを提出し、それを基に3月に指導教員が決まります。そこから指導教員との1対1セッションを4回(各回25分)受けることができます。この4回のタイミングは指導教員と相談です。

これらを踏まえると、私の執筆スケジュールはこんな感じでした。

【理想の修論スケジュール】

当時考えていたスケジュール。8月は余裕の構えのはずでした。(1回目のsupervisionは4月に済ませていました)

しかしこの理想は、4月に早々と崩れます。

3・4月に体調を崩し、課題のペーパー1本の提出を8月に遅らせていました。(Exceptional Circumstances Claimというもので、持病など予期できるものを除く理由で課題の提出が間に合わない場合、審査を経て期限を延長してくれる制度です。)

このペーパーが重く、修論執筆スケジュールにかなり食い込んだのです。

その結果、実際の修論スケジュールは悲惨なことになりました。

【実際の修論スケジュール】

当時を思い出して書くとこうなりました。あれ?

地獄かな?

後々響いてくることを覚悟していましたが、まさかここまで修論の足を引っ張るとは思っていませんでした。己の見通しの甘さとキャパの小ささが悔やまれるばかりです。

とはいえ遅れて提出するタームペーパーの内容は、修論の先行研究の検討にも通じるものでした。タームペーパーと並行して修論も進め、なんとか期限前数日の余裕をもってタームペーパーを提出することができました。

残すは大本命の修論です。

文献調査が中心のため、ひたすら論文と向き合う日々。あれも書かなきゃ、これも書きたいといくらでも広がっていく構想。飛ぶように流れていく時間。指導教員のおかげで重要な文献にあたりがついていたのが救いでした。図書館に連日こもり、それらを食い入るように読み漁り、必死に意味を理解しようとし、関連付けて一つの文脈を作っていく作業でリアルに目が回りました。書き出しの糸口を見つけたとき、たちまち楽しくなってきたことも事実です。

先行研究を読みながら、そしてデータを集めながらbody paragraphを書き、ある程度流れができたところでconclusionを書き、矛盾や不明瞭なところがないかを確認します。全体像が見えてきて初めてintroductionを書きました。

プルーフリーディングについては、文法とアカデミックライティングのアドバイスをもらえる大学のサポートを3回ほど使いました。Introductionとmethodologyを中心に添削をしてもらい、簡単な文法ミスから英語の不自然な言い回しまで、残り少ない時間でギリギリまで修正を重ねました。

先のタームペーパーの提出を延期した関係で、修論も1週間提出を延期することにしました。先に無事提出を終えたフラットメイトが寮に友達を連れてきて騒いでいます。図書館の座席予約システムも終了し、私は落ち着いて執筆できる場所をなくしました。

それに耐えかね、執筆の終わりが見えた頃、

ブリテン島最西端のコーンウォールに飛び出しました。

かねてからイギリスの海辺の町を周りたかったため、コーンウォールの静かで穏やかな空気の中最後の推敲をすることができたのはとても貴重な体験でした。その実、蜘蛛の巣だらけの地下室で暗い電気の下、寒さに耐えながら徹夜でラップトップに向かう、ほろ苦い経験でもありました。

こうして9月2日の午後3時53分、無事に修士論文を提出することができました。提出してカフェを出た後、安心感や達成感そっちのけで、呆然としながら数時間海岸沿いを歩きました。

修論を提出した後に歩くコーンウォールの海岸は特別に穏やかでした。

③写真で振り返る夏学期

最後に夏学期の3か月間を写真でご紹介します。夏学期は修論執筆だけでなく、先生やフラットメイト、友人とのコミュニケーションが増えた期間でもありました。マスター生活が残り少なくなり、貴重な時間を有意義に使おうと奮闘していました。

キャンパス内カフェのクロワッサンと、「これまでの日本人の卒業生が置いていった本」と先生が貸してくれた書籍たち。日本語の文献でしたが、頭の整理のためちょこちょこ頼りながらひたすら書きます。
洗濯機の水漏れ、ボイラーの故障による冷水シャワー、隣のフラットの侵入者騒ぎにも負けず書きます。
フラットメイトとフルーツ片手に修論談義をしながら書きます。
気分転換にキャンパスを散歩します。
適度に初夏のビーチに繰り出し、リフレッシュしながら書きます。

イギリスでの滞在時間が少なくなっていきます。
コーンウォール・ペンザンスは小さくてかわいらしい町でした。
コーンウォールで修論を書き終え、ブライトンに帰ってきてからわずか1週間で帰国となりました。

コーンウォールからブライトンに帰ってきて帰国までの1週間は、ロンドン、ブライトン、そしてフラットメイトとの時間を満喫しました。帰国が決まって安心している自分と、帰ってしまうのはもったいないと未練たらたらの自分とが混在して複雑な心境でした。

10月に修論の成績が発表され、修了が確定したときは親の目もはばからず大泣きしました。とにかく修了できて良かった。

修了からまだ半年も経っていないことが信じられないほど、イギリスでの時間は濃いものでした。帰国後しばらく、燃え尽きたのか研究分野のことに何も手を付けられない時期がありました。怒涛の修論執筆体験がある種ショックだったのかもしれません。英語やイギリスの番組を観ることも避け、日本での暮らしにどっぷり漬かりました。

最近ようやく復活しはじめ、専門分野の本を読んだり英語の勉強を再開したりできるようになりました。またイギリスに行きたい欲も出てきました。何より、学びの軌跡を記録することに全力投球できる時間が持てたことが、何にも代えがたい経験だったな、と思えるようになりました。

2022年春からは日本で働きます。怒涛の1年を乗り越えた今なら何でもできる、という謎の自信があります。

コロナ禍での留学になりましたが、素晴らしい経験ができました。このサイトの投稿者の皆様をはじめ、日本人留学関係者の繋がりに大いに助けられた1年でした。この場を借りてお礼申し上げます。

これにて私の留学体験記は終了です。最後まで読んでくださりありがとうございました。

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