Doing Methodology:LSEの方法論教育の中心では何が学べるのか

"The World Turned Upside Down”
The World Turned Upside Down” by Mark Wallinger
世界を異なる視点から見ることの大切さ


ブログをご覧の皆様、はじめまして。私、スコッチエッグの女と申します。私は現在、London School of Economics and Political Science(以下、LSE)のDepartment of Methodology(以下、方法論学部)修士課程、MSc Social Research Methods(以下、MSc SRM)プログラムに在籍しています。このポストでは、これまでの学びを振り返りながら、LSEのMSc SRMプログラムでは何が学べるのか、そして私自身がそこで学び得たことは何かについて、皆様にご紹介できればと思います。


方法論教育を重視するLSE

恐ろしいまでにテーマ単位の細分化が進んでいるイギリスの修士課程の中で、方法論を専門とするプログラム提供はとても珍しいといえます。一つの理由は、専門職学位やターミナル・ディグリーはもとより、多くの修士課程ではPhD課程への進学を前提としない限り、方法論教育が重視されにくいという点があります。

もう一つの理由は学内で方法論教育を担う主体が誰かという点です。たいていの場合、とりわけ関心を持たない限りは、学生が方法論教育を受ける機会とは、ディシプリンごとに縦割りの学部内で教養レベルの量的・質的研究法を教わるか、テーマ内部で主要な方法を各教員の専門性に基づいて教わるかのどちらかではないでしょうか。その点、ディシプリンを横断して全学的な方法論教育を担う主体を学部として設置しているのはLSEの大きな特徴であり、ここにLSEの方法論教育を重視する姿勢を読み取ることができます。

LSEの方法論学部は、1994年にPhD学生に対する方法論教育を担う主体として設立されました。その後、PhDの準備課程という形で私が在籍するMSc SRMプログラムが開講されました。以来、方法論学部はLSEの方法論教育の中心としてその役割を担ってきました。現在はMSc SRMの他に、MSc Applied Social Data Scienceプログラムという、データ・サイエンスに特化したプログラムも開講されています。

なお、学部生向けの提供科目は存在せず、すべての科目が修士以上の学生のみを対象としています。このような経緯のため、MScプログラムではありますが、提供されている科目にはPhDの学生も多く参加しています。


LSEの方法論学部が大切にしていること

方法論学部といっても、必ずしも方法論だけを学ぶわけではありません。それは方法論学部の人々が強調するところであり(方法論学部紹介ビデオ ※音が出ます)、在籍する学生の肌感覚としてもそれを実感しています。私自身が入学の直前、オファー・ホルダー向けの学部紹介にて「MSc SRMプログラムの原則」として教わったのは以下の3点でした。

  1. Methods as means to an end and not an end in itself
  2. Good social research is theoretically and conceptually informed
  3. Competence in research methods requires a working knowledge of both quantitative and qualitative methods

1つ目の原則は、「方法はあくまでも手段であり、それ自体が目的ではない」ということです。実際に、教員にも学生にもピュアなメソドロジストという人はおらず、政治学や社会学、心理学、人類学、犯罪学などのディシプリンがあり、それぞれの研究テーマがあります。

2つ目は、「よい社会科学研究とは理論と概念がしっかりしている」ということです。ここからは、方法論の外部にある大切なものを見落としてはいけないというメッセージを読み取ることができます。

3つ目の原則は「量的研究法と質的研究法の両方の知識が重要である」ということです。1つ目と2つ目の原則が「方法論は重要だが、重要なことのすべてが方法論ではない」というメッセージと要約できるとすれば、3つ目の原則は、方法論内部の多様性を認識することの重要性を伝えているといえるでしょう。

私自身、入学してすぐのAcademic Mentorとのミーティングで、「基本的に、私たちはmixed methodsを志向するべきだと考えている。量的か、質的かの二分法になってはいけない」と言われ、それまで量的研究を中心に考えていた私の心に強く響きました。そのような原則に基づく教育を経た今の私は、1年間かけて方法論を中心に学ぶことの利点とはまさに量的研究法と質的研究法の両方をバランスよく学べる点にあると考えています。


何が学べるのか

LSEのMSc SRMでは具体的にどのようなことを学べるのでしょうか。ここでは、私自身の科目選択を事例としつつ、各科目の詳細な内容を説明するのではなく、プログラム構成の全体像をお伝えしたいと思います。

まず、必修科目は3科目です。(1)Fundamentals of Social Science Research Design(例:リサーチ・クエスチョンの立て方、リサーチ・プロポーザルの書き方)、(2)Qualitative Research Methods(例:インタビュー、参与観察、フォーカス・グループ)、そして(3)Applied Regression Analysis(さまざまな重回帰分析の手法とRでの実行方法)です。これらの3科目を前期のMichaelmas Term(以下、MT)に履修し、後期のLent Term(以下、LT)に応用的な研究方法についての授業3科目を選択履修します(コースワークは計6科目)。そして、最終学期のSummer Term(以下、ST)にMSc Dissertation(修士論文)を執筆します。これがMSc SRMの一般的なプログラム構成です。

まとめると、MTの必修3科目で、リサーチ・デザインと量的・質的研究法を学ぶ。MTで学んだ内容をベースに、LTの選択3科目で、自分の関心に応じて応用的な研究方法を履修する。そのようにして習得した方法論をSTの修士論文に応用する。そのようなプログラム構成になっていることが分かります。方法論的トレーニングの提供と各自の研究関心への応用がこのプログラムの主な目的であるということです。

このプログラム構成の下で、私がLTで選択したのは(1)Qualitative Text/Discourse Analysis(例:言説分析、主題分析、内容分析)、(2)Survey Methodology(例:社会調査設計、認知インタビュー、ウェイトの計算と適用)、(3)Quantitative Text Analysis(例:類似性指標、クラスタリング、トピックモデル)の3科目でした。私自身は、なるべく質的研究法と量的研究法のバランスを取って科目選択したかったので、量的・質的両方のテキスト分析と、方法論的に質的・量的な側面を併せ持つサーベイ方法論を選択することにしました。


何を学び得たのか

では、私自身はここから何を学び得たのでしょうか。振り返ってみると、結果的にこのプログラム選択・科目選択は心から満足のいくものとなりました。その理由は、特に質的研究の方法論的トレーニングを集中的に受けられる機会を得られた点に大きなメリットを感じたからです。MTのQualitative Research Methodsにせよ、LTのQualitative Text/Discourse Analysisにせよ、毎週のセミナー(各回1時間半)は実際に参加者同士でインタビューやフォーカス・グループを行ったり、言説分析や内容分析を行って分析結果を発表したりと、とても実践的な内容になっていました。

もちろん、知識のアウトプットとしての実践のみならず、その前提となる知識のインプットについても、セミナーとは別にある毎週のレクチャー(各回1時間半)で、方法論の背景にある理論や応用例について、代表的な教科書やジャーナル掲載論文のリーディングを通じて学べるようにもなっています。量的研究法についても基本的には同様のフォーマットで学ぶのですが、とりわけ質的研究法の方法論的トレーニングを受けられる機会は量的研究に比べて限られているため、方法論だけを1年間かけて学ぶことのメリットはこの点において最大化されたと、私自身は考えています。

入学前、量的研究を志向していた私にとって、mixed methodsの重要性を認識できたこと、その認識に留まらず実際に質的研究・量的研究ともに方法論的トレーニングを集中して受けられたことの最大のメリットは、多様化・複雑化する社会現象に対してさまざまなアプローチが考えられるようになった点ではないかと思っています。基本的に、どのような方法も社会現象を理解するための手段であり、研究の上でより重要なのは社会現象に対する洞察とその視点を社会科学のリサーチ・クエスチョンとして成立させることであるのは言うまでもありません。

しかし、私たちが社会現象に対して洞察を巡らせようとする時、リサーチ・クエスチョンを立てようとする時、その時の思考の枠組そのものが、量か質か、実証主義か解釈主義かというようなバイナリーな方法論的認識から自由ではいられなくなっている可能性を、完全に否定することができる人は決して多くないのではないでしょうか。少なくとも、LSEの方法論学部で学ぶ前の私はそうでした。そのようなバイナリーで固定的な方法論的認識を乗り越えられたことが、私にとって留学の最大の成果であり、「何を学び得たのか」という問いに対する、今の私の答えです。


どのような人に向いているか

最後に、LSEのMSc SRMプログラムには、どのような人が向いているのかを考えてみたいと思います。何より、学ぶ対象が方法論であるという点で、方法論的な議論に対する関心が重要ではないでしょうか。テーマ単位の知識を深めるというよりは、あるテーマに対していかにアプローチするか、そのアプローチの妥当性をいかに厳格に議論するか、といった方向に関心が向いている人にとっては、よい選択になると思います。逆に、ある特定のテーマについてこれから学びたいという人には向きません。そのため、入学前に学びたいテーマがある程度は定まっていて、既にテーマの知識があるか、自分で勉強する意思があるか、どちらかである方がよいと思います。そうでなければ、方法論を学んだところでその応用で行き詰まる可能性があるからです。

あるいは、とにかく方法論的トレーニングを受けることを第一の目的とするモチベーションでも問題はないかと思います。科目選択の考え方としてはもちろん、mixed methods志向である必要はまったくなく、量的研究法に特化することも、質的研究法に特化することも可能です。そのため、どちらかの方法を極めたいという人にとっても、よい選択になると思います。科目選択によって、プログラム全体として学ぶことのできる内容は大きく変わります。しかし、いずれの方向性を取るにしても、方法=手段を使って何を明らかにしたいのかが、各科目の最終評価レポートや修士論文では問われることになります。あくまでも方法論的トレーニングとその応用がこのプログラムの重要な目的だからです。


結論に代えて:Doing Methodology at LSE

とはいえ、LSEの方法論学部は、多様なディシプリン、多様なテーマを持った人々の集まりですので、レクチャーやセミナーを通じて新たな研究関心が形成されたり、もともとの研究関心が修正されたりすることも十分にあり得ます。既存の知識を学ぶことで既存の自分の考えを正当化するのではなく、むしろ既存の自分が否定されたとしてもなお、新しい自分に出会えることの方がウェルカムな人にとっては、LSEのMSc SRMプログラムで学ぶ時間はあらゆる瞬間に学びを見出すことができる、刺激的な1年間になるはずです。

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