オックスフォード大学院・移民研究修士課程での一学期を振り返る① 授業の構成・内容

はじめに

 オックスフォードで最初の学期が終わった。全3学期のうち1学期、わずか9週間弱のことだったが、随分と年を取った気分である。昨日日本に一時帰国して体重を測ったら、5キロも痩せていた。

 これから、私は(元気があれば)3本の記事を通じて今学期を振り返ろうと思う。この記事では、私の所属している移民研究修士課程について紹介し、そこで学んだことを綴る。続く記事では、コースメイトの特徴や彼らとの交流に触れて、最後の記事ではコロナ禍におけるオックスフォードでの生活全般について述べるつもりである。

——あの時、私は元気だった——
(大学と提携している写真屋が入学式の日に撮ったものだが、7500円くらい取られたのでここで供養する。)

移民研究修士課程とは

 私が所属している移民研究修士課程(MSc in Migration Studies)では、地理学・経済学・社会学・人類学などから構成される移民研究を分野横断的に学ぶことができる。このコースを運営しているのは人類学部と開発学部だが、学内にある移民研究センターのCOMPASも協力している。コースを実質的に運営しているのは恐らく開発学部で、対面授業の多くは開発学部の建物で行われている。コースの専任教員は4名で、そのうち常勤のポストを持っているのは2名なのだが、常勤教員の所属はいずれも開発学部である。

 入学後の発表で驚いたのは、専任教員4名のうち2名が入れ替わっていたことだった。1人は研究プロジェクトを実施するために今年からしばらく教務を離れることとなり、もう1人は今年研究休暇を取ってから来年ドイツのマックス・プランク研究所に移籍する。私はこの2名のうち1名にどうしても指導教員になってもらいたくて、恋文のような志望動機書を書いてオックスフォードに来たので、最初の数週間は失恋状態に陥った。

 しかし、結果的に指導教員になったギリシャ人の教員は親身に面倒を見てくれるばかりでなく、研究関心にも重なる部分が多かったので、コースが上手に設計されていることに関心した。各教員が受け持つ学生の数は最大でも3名までなので、このコースは25名の大所帯であるにも関わらず、学生は丁寧な指導を受けることができる。私の場合、今学期には指導教員との1-2時間の面談が4回あって、修論の研究計画や今後の進路についてじっくりと話すことができた。

 以下、授業の構成と全体的な印象を述べる。

授業の構成

 授業は4つの必修科目から構成されている。いずれの科目も、授業1コマに対してセミナー(ディスカッション)1コマが付随する。授業の前には、指定された3-5本の論文を読む必要がある。移民研究に対する全体的な理解を促すために、社会調査法以外の科目は内容がところどころ重なるように設計してあるらしい。課題はこれから紹介する最初の2科目から1500語のエッセイが合計で3本が出た。エッセイの成績は形式上付くものの、今後の課題に取り組む上での参考にすぎず、最終的な成績には影響を及ぼさない。授業の形式はオンラインと対面の混合方式で、講義はオンライン、セミナーは8人前後のグループに分かれたうえで対面だった。なぜか必修が月曜日から水曜日に集中しているので、毎週前半は夜中まで予習に追われた。

  • Politics of Movement: International Migration in Social Sciences (IMSS)

 毎週月・水曜日。各回ごとに一つのテーマを扱い、担当教員とゲスト教員がそれぞれ半々くらいの比率で教えていた。テーマの内容は、トランスナショナリズムをはじめとする人類学的議論や、移住の原因を数理的モデルで説明する経済学的議論など、本当にバラエティに富んでいた。ただし、内容が広範囲なのはいいことだが、月曜日と水曜日に授業とディスカッションがある過密スケジュールのせいで、ゲスト講師を呼ばない週には担当教員が学生以上に準備不足ということが多々あった。特に酷かったのはグローバリゼーションを扱った回で、担当教員がマルクス関係の著作から文章をたくさんスライドに切り貼りして、一時間近く読経を続けていた。また、ゲスト講師のやる気やディスカッションの回し方もまちまちだった。非常に分かりやすい授業をしてくれて、ディスカッションでも全員に発言の機会を与える教員もいれば、授業では過去に実施したプロジェクトのスライドを使い廻し、セミナーでも気まずさを打ち消せない教員もいた。なお、偉い先生は偉いので自分の論文しか予習課題に指定せず、学生も面と向かって批判しづらいので議論が弾まない傾向にあった。

 個人的に興味を抱いたのは「(ポスト)社会主義諸国の移住」というテーマだった。簡単に趣旨を述べると、現在の世界では新自由主義的なイデオロギーによって各国が画一化しているものの、冷戦下では東側諸国と西側諸国とで異なる世界が並立しており、移住の仕組みも全く違っていたという話である。面白いのは、社会主義体制諸国間では一見すると鈍かったように思われる国内・国際移住が実は盛んで、受入側の政府や市民が移民に向き合うあり方も、今日の新自由主義的世界より人道的であったという主張である。この考え方は人権抑圧をはじめとする社会主義諸国の様々な問題を無視し、移住という観点だけを切り取って評価している点でいささか夢想的だとは思うが、私の先入観を鮮やかに覆してくれた点で印象深い。

 この科目は今学期限りで、来学期は2つの選択科目を取ることになる。

  • Migration, Globalisation and Social Transformation (MGST)

 毎週火曜日(講義)・水曜日(ディスカッション)。先述のIMSSは移民研究の各論を扱う傾向にあったが、このMGSTでは理論を幅広く扱った。具体例を挙げると、ウォーラーステインの世界システム論、ピオリの二重労働市場論、アーリのモビリティ・パラダイムなどである。毎週異なる分野の理論を予習してセミナーに臨むのはかなり大変だったが、担当教員が異なる理論を自在に操る様子には大変刺激を受けたし、勉強になったと思う。また、移住と開発との関わりについても一定の時間を割いていて、開発学部がこのプログラムに携わっていることを実感した。担当教員はあまりに気合が入っていて、毎回恐ろしいスピードで難しい話を続けていたので、内容は若干消化しきれていない。それゆえ、冬休みにじっくり復習しようと考えている。

 この科目は2学期目にも続くが、ゲスト教員によるオムニバス形式に切り替わるらしい。

  • Methods in Social Research (MSR)

 毎週月曜日(講義)・火曜日(セミナー)。社会調査法を学ぶ科目で、1学期は質的調査法、2学期は量的調査法を扱うことになっている。最初の3週間は月曜日に担当教員が入門的な内容の授業を行い、4週目からは月曜日にゲスト教員が専門の調査法について話し、火曜日に担当教員が学生の研究計画を聞いて講評した。

 個人的に不満だったのは、方法論と呼べるものはしっかり教わることができなかった点である。講義ではメディア分析、エスノグラフィー、アートなど毎週異なる内容を扱ったので、実践的な知識はほとんど身につかなかった。担当教員曰く、授業は調査法を網羅するためにオムニバス形式を取るほかなく、特に興味を持ったものに関してはリーディング・リストを活用して自習してほしいとのことだった。私はインタビューやエスノグラフィーの技法をしっかり教わるものとばかり思っていたので、毎週異なる調査法の表面だけをさらうだけの講義には不満を覚えた。

 加えて、セミナーでは学生が2週間ごとに研究計画を改訂して発表しなければならないため、全員がかなりの重圧を感じていた。調査法をしっかり学ぶことができないにも関わらず、非常に短いスパンで研究計画の内容を改める必要があったので、それなりに疲労を覚えた。

  • Keywords: Migration Studies & Social Thought

 隔週金曜日(セミナーのみ)。各回ごとにキーワードが設定されているので、各自3本の論文を読んでディスカッションしたのち、毎回1人の学生がプレゼンテーションするというものだった。扱ったキーワードは移民、経済、社会、人種だった。担当教員は指導教員で、学生にとって話しやすい和気藹々とした雰囲気を作ってくれたのがよかった。加えて、他の学生のプレゼンテーションを見るのも参考になった。ただし、担当教員は今年からこの科目を担当するらしく、いまいち授業の運び方に自信がないようだった。実際、キーワードに対する理解が深まったかと問われると、素直にそうだとは答えにくい。

 この科目は来学期も続く。

全体的な感想

 色々と不満を述べてしまったが、教育の質にはとても満足している。オックスフォードは移民研究センターを抱えているだけあって研究者の層も分厚く、取り扱うことのできる内容が非常に豊富である。言葉の壁や大量の作業でたくさん苦しんだ一学期をいざ振り返ってみると、学部生の頃に何となく知っていたことや、全く知らなかった理論が、体系的・有機的に結びついて脳内に残っていることに気づく。

 また、私もまだまだ知識不足なので自信を持って言えるわけではないのだが、アメリカとヨーロッパとでは研究のトレンドが違うように感じている。ブラウン大学の社会学博士課程に在籍されている木原盾さんとツイッター上で少しお話ししたのだが、コースワークで扱っている学術雑誌や、特定の理論の影響力に関して、地域間である程度の違いがあるようだった。私がオックスフォードで感じるのは、計量的研究は経済学の文脈においてばかり登場し、アメリカ社会学の重要な計量的研究は全くといっていいほど登場しないということである。ちなみに、授業に登場した今年の論文では、異なる地域の移民研究者たちが、お互いをどの程度相互に引用しているのかをグラフにまとめている。その結果、移民研究には複数の中心的な研究テーマが存在し、地域ごとに異なる研究トレンドが存在することが明らかになっているので、興味があったらぜひ一読してほしい。

 

 

 

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